
だが、待てよ…。
温かい人間って何だ? そんな人どれだけこの世にいるのだろうか。
表層上は優しい人はいる。温かい人もいる。でも、そんな人、結構つまらないな、と思うのだ。
「髭の先生」は、過去に傷を持っている。悪しき過去だ。そこから逃げた男だ。でも、逃げない人間なんて、本当にいるだろうか。
「髭の先生」は架空の人物であるが、僕にとって実在のモチーフはいる。
東京・世田谷区立羽根木公園において、年に一度開催されている福祉祭りで三十年間ボランティアリーダーをしているオヤジだ。
彼は、草の根運動を影で仕切るボスである。僕は彼ほど己に強く、そして人に優しい男をほかに知らない。
その人は、皆から「ヒゲ」と呼ばれ尊敬されている。
鈴木さんは、稽古が終わり皆が帰った後も、いつも尾身さんと居残り、ベンベンと三味線を弾いている。
三味線を持たせる設定を書いた張本人としては、幾ばくかの申し訳ない気持ちもある。
だが、鈴木さんの努力はきっと実を結ぶに違いない。その証拠に、台詞以外のちょっとした言葉や仕草に成果が現れているからだ。
そうそう。鈴木さんは、無類の競馬好きらしい。檀さんとも実にウマがあうらしい。
僕はその話題に全く入れない。
残念だ。
あんなに優しそうに見える鈴木さん、いや、実際に優しいであろう鈴木さんも、本当の姿は違うのかもしれない。
実生活と相当に異なっていたら、○○様、すみません。
※長唄のシーンを書くにあたり、青年座の佐野美幸さんに助言いただいた。この場を借りてお礼申し上げます。
尾崎太郎