劇団青年座第244回公演『シェアの法則』
作=岩瀬晶子 演出=須藤黄英

劇団青年座公演『シェアの法則』1月22日から31日まで中野のザ・ポケットで上演! 
只今、稽古進行中であります!
本作品をより楽しんで頂くべく、今回新たな企画がスタートしました!

犒犧邁箸吠垢!! 劇団員が深掘りインタビュー!!

青年座へ初めて新作を書き下ろした岩瀬晶子氏に色々とお話しを伺いました。
青年座との関わり、『シェアの法則』誕生秘話、執筆への思い等、盛り沢山!!
全4回に分けてお届けします!
(今回は劇団員の小暮智美がインタビューを担当します)
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岩瀬晶子氏
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―今回『シェアの法則』で青年座初登場となる岩瀬晶子さんの魅力を、
たくさんご紹介できるよう、
本日のインタビューを進行させていただければと思います。

岩瀬 よろしくお願いいたします。

―どこから聞いていこうか困ってしまうくらい多彩な経歴をお持ちの岩瀬さんですが、
栃木でお育ちになり、アメリカに留学され、そして青年座の研究所を経て、
プロデュース劇団「日穏-bion-」を立ち上げ、今年12年目を迎えられました。
プロフィールの特技の欄には東北弁とも書いてあります!
私も福島・会津出身で方言の仕事をさせて頂くので、気になってしまいました(笑)。

岩瀬 そうなんですね! 去年、日穏で上演した『オミソ』という芝居は、
    福島が舞台だったんです。日穏で演出をやってくださってる、
    たんじだいごさんは福島出身で私は栃木出身。
    栃木と福島の方言は似てるけどちょっと違うんだよね(笑)。(岩瀬さん訛る)

―共に無アクセント地帯と呼ばれていますけど、そうなんですよね〜(笑)。(小暮訛る)

岩瀬 なんかローカル色強くなってきたねー(笑)。(岩瀬さん訛る)

―岩瀬さんは、青年座の研究所出身。青年座の劇団員では小豆畑雅一さん、
石井淳さん、森脇由紀さんと同期でいっらしゃいますよね。
研究所時代の思い出はありますか?

岩瀬 正直言うと体育会系だなって思いました。
    入所したのが留学先のアメリカから帰ってきてすぐで、
    先輩後輩みたいな事が無い、
    アメリカという世界にどっぷりと居てしまったのでね。
    青年座は、何というかすごく素敵な運動部にいるイメージ。
    でも私は運動部でもなかったから、正直ちょっと戸惑いました。
    それもあって日穏を一人でやっているのかもしれませんね。
    いろんな人と接するのは好きなんですけど、
    みんなで一つの方向に向かい「ガー」ってやるのが、
    意外と自分は苦手だと気づかされた場所かもしれない(笑)。 
    悪い思い出は全くないんですけどね。
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―なぜ新劇系と呼ばれる青年座研究所を選ばれたんですか。

岩瀬 選んだと言うより当時はまだあまり養成機関がなかったんですよね。
    専門学校とかはあったんですけど、他は何も知らなくて。
    とりあえず演劇の勉強がしたいと相談した方が、
    もともと劇団四季にいらした方で、
    「劇団の養成所が一番しっかりしてるよ」ってアドバイスされたんです。
    今みたいにワークショップなんて全然無かったし、
    もともと舞台を観るのが好きだったり、踊りもやっていたので、
    じゃあ劇団の養成所で学んだほうがいいかなっていう感じでした。
    だから学び舎として入りました。

―その頃から自分が役者としてだけじゃなく、
執筆したいっていう意識もあったんですか?

岩瀬 全くないです。

―いつからなんですか?

岩瀬 役者仲間と何かやろうということになり、
    書いてきてくれたものに対していろいろ意見を言ったりする機会があって。
    一応、翻訳もやっていたので構成やそういうのが好きだったんです。
    そしてある時にたんじだいごさんから、
    自分が教えている演劇学校の修了公演用に、
    50分位の短い作品を書いてよって言われて、無理ですって言ったんだけど、
    無料の公演だし大丈夫だよって言われて(笑)。
    その題材というか与えられたテーマが結構面白かったから、
    いざ書いてみると3日位で書いちゃったんです!
    それがすごく評判がよくってちょっと味をしめたというか(笑)。 
    今度は次の年に、
    2年生の卒業公演用に2時間位のものを書いてくれって言われて、
    いやいや流石に無理ですって言ったんですけど、
    でもそれも与えられたテーマがあったので、じゃあやってみましょう!
    っていう感じで書いて・・・
    こんな風にだんだん騙され騙されみたいに書いていくうちに、
    何本か作品が出来ていったんです。
    そしてある日、たまたま劇場を予約していた劇団が公演できなくなったので、
    代わりにやらない?みたいに言われて(笑)。
    いくつか書いた作品があったので、やってみようかなと、
    それが「日穏-bion-」の始まり。
    一回限りで終わる予定だったんですけどね。
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―すごいですね、そうやって作家さんというのは誕生していくんですね!
岩瀬さんご本人より、周りの方が岩瀬さんの才能に気づいていたのかもしれませんね。

岩瀬 どうなんでしょうね。うちの祖父は児童文学の作家だったんです。
    母も仕事としてではないけど、本や随筆を書いたり、新聞に投稿したり、
    いつの間にか本を出してたこともあって。そう言う意味では血なんですかね。
    私は小論文や作文が大嫌いだったので全然書けないと思っていたのですが。
    でも意外と祖父の繋がりがあって、実は劇団民藝の滝沢修さんと、
    ずっと開成中学の同級生で仲が良く、
    民藝を立ち上げた時も一緒に脚本書いたりしていたらしくて。
    そんな縁もあり、お芝居は昔から好きだったというのもあるんです。
    お芝居って会話だと思うんです。
    だから小説のように文体で何かを表現する事は難しいんですけど、
    戯曲ならば普段の自分の周りの会話とかそういうものを取り入れて、
    後はそれを構成することで、何とか形に出来るのかなと思うんです。
    でも専門に勉強したわけじゃないし、自己流でしかないから、
    何とも言えないんですけど。
    この世界は正しいものがないですよね、正解がない。
    そういう意味では役者も脚本もプロってどこからなのって。
    資格もないし、だから言ったもの勝ちかなって。

―日穏の12年が岩瀬さんのプロとしての証明だと思います。
道半ばで終わってしまう団体や劇作家もいますもんね。

岩瀬 そういう意味では青年座さんみたいに劇団員が居るところが、
    これだけ何十年も続いてるって事は本当に素晴らしいと思っています。

―そんなイメージの劇団青年座から新作の依頼があった時、
どんなお気持ちでしたか?

岩瀬 とても光栄でした。研究所卒業してからも色々芝居を観ていましたが、
    その中でも、やっぱり青年座のお芝居が一番好きで。
    青年座さんはいろんなものにチャレンジしてるっていうこともあるし。
    だからお話を頂いた時、えー私でいいの!って最初に思いましたけど、
    やらせていただけるなら是非っていう感じでした。

―そう言って頂けて光栄です。ありがとうございます!

(第二回に続く)
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インタビュー初体験の小暮、緊張しながらも、岩瀬さんのお話しに夢中の時間でした。

次回は『シェアの法則』誕生秘話をお届けしまーす! ご期待下さい!!

公演情報はこちら↓

『シェアの法則』
2021年1月22日(金)〜31日(日) ザ・ポケット
seinenza.com