小暮:第二次世界大戦中のマスメディアについてお聞きしますが、一般国民は主に何から情報を得ていたのでしょうか。
黒岩:新聞とラジオですね。満州事変あたりまでは、新聞社にも良識があって、軍に対しても批判的な部分があったりしたんだけど、報道内容がだんだんと変化していったんだよね。
1929年の世界大恐慌以来、東北地方で大飢饉があったりとかして、日本は不況からなかなか抜け出せなかった。同盟通信社が設立された1936年(昭和11年)、青年将校たちが二・二六事件というクーデターを起こして、軍部が政権をとって天皇親政のもとに国を改めていくといった動きがあったりして、当時の日本としては、内地だけではにっちもさっちも行かないと土地や資源を手に入れるために外地に目を向けた。そこで突然起こったのが、関東軍の一部の人間が考えた満州事変で、これをきっかけに中国の東北部を中国から切り離して満州国というのを建国した。満州事変が起こってからの新聞報道は、庶民の鬱積しているものを吹き払うような記事が多くなっていった。そうすると国民は関東軍を中心とした陸軍の動きを熱烈に支持するようになる。新聞社としては、そっちの記事を書けば書くほど新聞はどんどん売れると。そこから変わっていったっていうことなのね。新聞社も儲けなきゃいけないというのがあるので。
その後の国際連盟脱退だって、全権代表の松岡洋介は連盟を脱退するのはいかがなものかって思っていたみたいだけど、どうも日本国内の世論はそんな空気ではないことから、脱退することになった。つまり新聞が世論形成に大きな役割を果たした。
配信されたニュースに朝日や読売といった新聞社の意向が入ると、その事実は都合の良い真実に変わってくる。同じニュースを扱っていても色の付け方がいわゆる好戦的なっていき、大陸への進出を肯定するような記事になっていく。そりゃそうだよね、その方が新聞は売れるんだから。
同盟通信においても、当初は「客観的事実を報道する」ことを理念に掲げながら、それを失っていった。国策会社なので助成金が出るわけなんですよ。もともと新聞聯合は厳しい経済状態だったところに電通の通信部を吸収してナショナル・エージェンシーになった。最初の頃は、外務省が助成金を出していたんだけど、途中から陸軍の巻返して大きな資金を投入するようになった。だからその陸軍の意向を反映しなければならないことで、報道機関から軍の宣伝機関に変わっていった。その当時としては、最新鋭の受信機や送信機を独自で開発したり、アメリカらから輸入したりとかして、惜しみなく資金が投入されていたっていうことなんですよね。それだけ同盟通信は大事にされている機関だったっていうことになるのです。そして日中戦争が始まった1937年頃から、同盟通信に求められていくことは、対外的に日本に有益な情報を世界に発信していくっていうことに加え、同時に海外の情報を収集する機関という役割が新しく付加された。さらにその収集した情報を分析したというところが画期的だったと思うんだよね。分析した情報を陸軍であったり、海軍であったり、政府に提供する役割を担っていったってことですね。

最後まで読んで下さりありがとうございます! 第4回に続きます!!
ーーーーーーーー
劇団青年座第253回公演
『同盟通信』
作=古川健 演出=黒岩亮
4月18日(金)〜4月22日(火)
恵比寿・エコー劇場
劇場にて心よりお待ちしております!
黒岩:新聞とラジオですね。満州事変あたりまでは、新聞社にも良識があって、軍に対しても批判的な部分があったりしたんだけど、報道内容がだんだんと変化していったんだよね。
1929年の世界大恐慌以来、東北地方で大飢饉があったりとかして、日本は不況からなかなか抜け出せなかった。同盟通信社が設立された1936年(昭和11年)、青年将校たちが二・二六事件というクーデターを起こして、軍部が政権をとって天皇親政のもとに国を改めていくといった動きがあったりして、当時の日本としては、内地だけではにっちもさっちも行かないと土地や資源を手に入れるために外地に目を向けた。そこで突然起こったのが、関東軍の一部の人間が考えた満州事変で、これをきっかけに中国の東北部を中国から切り離して満州国というのを建国した。満州事変が起こってからの新聞報道は、庶民の鬱積しているものを吹き払うような記事が多くなっていった。そうすると国民は関東軍を中心とした陸軍の動きを熱烈に支持するようになる。新聞社としては、そっちの記事を書けば書くほど新聞はどんどん売れると。そこから変わっていったっていうことなのね。新聞社も儲けなきゃいけないというのがあるので。
その後の国際連盟脱退だって、全権代表の松岡洋介は連盟を脱退するのはいかがなものかって思っていたみたいだけど、どうも日本国内の世論はそんな空気ではないことから、脱退することになった。つまり新聞が世論形成に大きな役割を果たした。
配信されたニュースに朝日や読売といった新聞社の意向が入ると、その事実は都合の良い真実に変わってくる。同じニュースを扱っていても色の付け方がいわゆる好戦的なっていき、大陸への進出を肯定するような記事になっていく。そりゃそうだよね、その方が新聞は売れるんだから。
同盟通信においても、当初は「客観的事実を報道する」ことを理念に掲げながら、それを失っていった。国策会社なので助成金が出るわけなんですよ。もともと新聞聯合は厳しい経済状態だったところに電通の通信部を吸収してナショナル・エージェンシーになった。最初の頃は、外務省が助成金を出していたんだけど、途中から陸軍の巻返して大きな資金を投入するようになった。だからその陸軍の意向を反映しなければならないことで、報道機関から軍の宣伝機関に変わっていった。その当時としては、最新鋭の受信機や送信機を独自で開発したり、アメリカらから輸入したりとかして、惜しみなく資金が投入されていたっていうことなんですよね。それだけ同盟通信は大事にされている機関だったっていうことになるのです。そして日中戦争が始まった1937年頃から、同盟通信に求められていくことは、対外的に日本に有益な情報を世界に発信していくっていうことに加え、同時に海外の情報を収集する機関という役割が新しく付加された。さらにその収集した情報を分析したというところが画期的だったと思うんだよね。分析した情報を陸軍であったり、海軍であったり、政府に提供する役割を担っていったってことですね。

最後まで読んで下さりありがとうございます! 第4回に続きます!!
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劇団青年座第253回公演
『同盟通信』
作=古川健 演出=黒岩亮
4月18日(金)〜4月22日(火)
恵比寿・エコー劇場
劇場にて心よりお待ちしております!